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Last Updated 3/29/2004
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3/28(日)もうすぐ4月

インターネットの女性を対象にした掲示板があって、妊婦の時からのぞいている。プレママ(妊婦のことをこう呼ぶのもここで知った)の他にも、ママ向けには子どもの年齢ごとにページが分れているし、働くママとか、家族についてのなやみとか、都道府県別もあるし、テーマごとにたくさんのページがあって、女性の悩み相談&情報交換の場になっている。

働くママたちのページを見たら、時節柄、4月から職場復帰のために子どもを保育園に預けるママ達が、寂しいと嘆き、先輩ママが、私も預ける前日は一日中泣いてました、なんて経験を披露していた。幼稚園の卒園式にどうしても出られない、というママもいたり、思わずうるうるしてしまう。

私の職場復帰はしばらく先だけど、規定の産休(産後59日)やそれ以前に復帰する人もいるみたいで大変だなあと思う。産前6週、産後8週という決まりがあるおかげで最低3.5カ月は休めるから、昔にくらべるとありがたく思うべきかもしれないけど。

一方、男性の(妻の)出産に伴う休暇はあまり普及していないみたいだ。会社のIさん(男性)は、第2子が産まれたときに1週間お休みしたので、私はてっきり男性も休めるもんだと思っていたら、普通の会社ではそうでもないらしい。
新聞で、産休を取った男性社員の経験談が紹介されているのを読んだら、その産休というのが、たったの3日くらいだったのでびっくりした。それは、産休を取ったときの周りの反応や、休んだことでその後の業務や評価に影響が出たか、という内容だったんだけど、数カ月から1年の育児休暇ならともかく、たった数日休んだだけでそんなに後ろめたい思いをしなくちゃいけないんだろうか。

うちはHが有給休暇をちょこちょこ取れたので理解のあるほうだと男性も当然の権利として産休が取れるようになればいいのに、と思う。

3/24(水)赤ちゃんパワー

今度は私の産後1カ月健診。Hに留守番してもらう予定だったんだけど、Kのおできを外科に診せるために、また3人で病院に行った。実は前回間違って、へんなふうにベビーシートに取り付けられたKだったが、今日はたぶん正しく装着した、はず。傍目には体をお腹で折り曲げて居心地が悪そうだったけど、寝てられるってことはそんなに苦痛ではないらしい。

病院のロビーでKを抱っこして、駐車場に車をおきに行ったHを待っていたら、ボランティアのエプロンをしたおばさんが、「抱っこしてましょうか。」とにこにこしながら近寄ってきた。ので、お願いして受付をした。
後ろにいたおばあさんも、「どのくらいですか?」と月齢を聞いてくる。
女の子ですか、なんて言われたけど、きれいな赤ちゃんねえ、とほめられて嬉しい。

外科で順番を待っているときも、通路をはさんで隣に座ったおじいさんが、ちらちらとこっちを見て気になる様子。
赤ちゃんってすごい。
私も電車で小さな赤ちゃん連れのお母さんがいると、ついじーっと見ちゃったりするけど、みんなに愛されるようにできているのね。
ミルクやおむつを一通り用意して、赤ちゃん連れで出かけるのは、大変だけど楽しいかも。

外科では消毒液をもらい、私の1カ月健診も問題なく終了。
去年の6月から9ヶ月におよぶ産婦人科通いがひとまず終わった。

3/23(火)通販

最近、合羽橋のおかし道具の専門店で通信販売をやっているのを発見して、注文してみた。メーカーのインターネットショップも楽天にいろいろあるけど、ネット上のカタログでは欲しいものが揃わなかったり、融通がきかなかったりするので、結局、専門店に、こんな感じのあれとこれがいくつ欲しいのですが、と問い合わせをした。タルトの型とか、プラスチックの抜き型とか、大したものじゃないんだけど。

さすが合羽橋のお店は品ぞろえが豊富で、私レベルが欲しいと思うものは何でも扱っている。具体的に何が欲しいか分っていれば在庫の有無を聞けるし、そうでなくてもだいたいの希望を伝えると値段や素材や大きさについて教えてくれる。それに、一度足を運んだことのあるお店だと信頼できる気がする。

もちろんプロユースの道具も扱っているので、値段をちゃんと確認しないと、マトファーの口金のセットなんか数万単位と聞いてびっくり。TVチャンピオンでお菓子作りを競うような職人達がこんなのを使うのかなあ。

うちに調理道具がとても多いのは、私がこうしてお菓子作りの道具を買ったり、Hが薫製用の鍋を買ったり、結婚祝いにスキレット、出産祝いに桐のかつお節削りをリクエストしたりするから、というわけで、どんどん増えていくのだ。

最近は生協に加入したおかげでお買い物がラクになったし、ベビー用品をレンタルする会社にベビーベッドを頼むとすぐに届けてくれるし、全然外に出なくても生きていける。メールとインターネットと通販がなかったら、妊娠中や出産前後はとても退屈したに違いない。本当に便利でありがたい。

3/22(月)1カ月健診

あいにく、雪に変わる雨という予報通りの寒さの今日、1カ月健診にKを病院へ連れていった。Kにとっては初めての外出だ。病院からの指示通り、おむつ、着替え、ミルクを持って、半休を取ってくれたHの運転で出かけた。赤ちゃん抱えて、荷物も持って一人じゃちょっときついので、とても助かる。

1カ月でKの体重は1.5キロ増え、4.2キロになっていた。頭囲も37センチと2割増しに。すごい成長だ。こわれやすそうな新生児だった時期はもう過ぎたのか、最近は顔もまるく、首も腕も足もむちむちしてきた。胎児のときは小さめで推移していたのが、産まれたら標準サイズになった。

同じくらいに産まれたおともだちが3人来ていて、でっかく産まれた女の子はさらに育って5キロを超えていた。女の子はピンク、男の子はブルーのお洋服を着せられているのが、お約束って感じ。横目でほかの赤ちゃんたちをチェックして、よし、まけてない、ととりあえず思う。

はじめて行った小児科では、いかに小児科が忙しくてちょっとした不調で子どもを連れてこられると困るかについて書かれた紙をまず渡された。うちも育児書や育児雑誌に情報を頼っている全くの核家族なので、何かあったら心配だから、とりあえず病院に行きたくなるだろうなあ。市からの補助で医療費も安くなるみたいだし。

小児科の看護師さんたちはみんな白衣の上に、ニセモノっぽいキティちゃんのエプロンをしていた。担当のドクターは、私より小柄できゃしゃそうな若い男の先生で、診察室で向き合って座ると、距離感がよくつかめず奇妙な感じがした。さすがに小児科だ。

3/21(日)外へ

出産からちょうど1カ月、赤ちゃんをHにまかせて美容院へ。家から一番近い美容院だけど久しぶりのお出かけでうれしい。

美容院では、やっぱり女性週刊誌や女性誌を読む。銀座あたりの美容院には女性週刊誌はなく、「VOGUE」とか、読むところがほとんどないグラビア系ファッション誌というのか、かなりモード系の、おもしろくもない雑誌ばかりが置いてあったので退屈したけど、さすがに地元の美容院はゴシップ系の女性週刊誌、「レタスクラブ」などの料理専門誌、ファッション誌をそろえている。 3種類がバランスよく目の前のテーブルに置かれていた。

ときどき、がっかりするのは、目の前に、ちょっとちがうでしょ、という雑誌しかないとき。ティーンエイジャーのポップ系ファッション誌を目の前に置かれても困るんだよね。ま、中高年向け雑誌を置かれるよりいいか。

美容院の帰りに、TSUTAYAで、初めて「ひよこクラブ」と、どれにしようか悩んだ結果「DOMANI」を買った。目先の育児と、コンサバ系通勤スタイルのファッション誌。雑誌を見て今年のトレンドの服を買う習慣はないけど、久しぶりに読むと、いつの間にか春色のかわいいパステルカラーや花柄の洋服、キラキラしたバッグがまぶしい。
あまり購読者層が交わらなさそうな、この2冊をどっちも読みたい私なのでした。

3/20(土)とどかない

「負け犬の遠吠え」によると、子育ては、人生という膨大な暇をつぶすのにちょうどいい、らしい。

その子育て暦一カ月の私に、たったいま、ブルーの波が押し寄せてきたよー。

Hはジムに行ってしまい、洗った洗濯ものを干そうとしたら、外は悲しいくらい冷たい雨が降っている。昨日までお花見気分が盛り上がる陽気だったのに。
しょうがないから家の中に干そうと、ハンガーをかけようとするけど、カーテンレールにも鴨居にも、背伸びをしても届かない。あー、もう、やる気が失せる。

いつものことなのにイライラするのはなぜだろう。仕方がないから、いつものように折りたたみのパイプ椅子を持ってきて登って干した。ここで無理すると、鴨居のフックごと取れちゃったり、うまく引っかからない洗濯ものが頭に落ちてくるなど、さらに状況が悪化してストレスが溜まるのは、経験済みのため。

こんな瑣末なことで騒いでいるのが笑えるけど、これが本当のマタニティブルーなのね。(確か、妊娠中のブルーはマタニティブルーとは言わないと、どこかに書いてあったような。)

こんなときは、この先やっていけるのかしら、と不安になったり、Hにあたりたくなったり。古尾屋雅人じゃないけど、ちょっと暴れてみるのも気持ちいいかも、なんて思ったり。あぶないあぶない。

明日の日曜日は久しぶりに美容院を予約したので外に出て、気分転換しよう。

3/18(木)ひさしぶり

久しぶりにジーンズをはいた。去年の夏以来か?うれしい。
久しぶりにピアスをしたら、右耳の穴が閉じかかっていた。痛い。

3/17(水)赤ちゃんのきもち

生まれて1カ月も経たない赤ちゃんは当然しゃべることができない。一人で食べることも(数カ月も母乳やミルクだけで生きていけるなんてすごい)、トイレに行くことも、寝返りを打つことすらまだできない。
大人の私からしてみればどんなにか不便だろうと思う。シロウトの母親は自分が言いたいことを十分理解してくれてるとは思えないだろうし。

特におむつを替えるたびに、とても気の毒になってしまう。Kは食欲が最も優先されるようで、お腹が満たされていればあまり暴れないが、おむつを替えるときに足をばたばたしたり、泣いたりすると、四六時中おむつをつけていて、汚しても次に替えてもらうまでそのままでいるのはどんなに不快だろう、と思う。
母親によると、私が赤ちゃんの時、おむつを替えてもらうのがイヤだったのか、おむつを汚していても、してない!と言い張って逃げていたらしい。こういう種類の話は30過ぎても何度も聞かされるのがうっとうしいが、実はおむつって案外気持ち悪くないのかなあ・・・今度おしゃべりができるようになった子どもで、おむつをつけている子を見たら聞いてみよう。

Kはしゃべれないけれど、満ち足りたしあわせそうな表情をすることがある。顔の筋肉がゆるんで、にや〜っと笑うのだ。これは新生児の生理的微笑というらしい。こんないい顔をされると、こっちまでふわあっとうれしくなる。かなり癒し効果の高い表情だ。
考えようによっては、何もできないが故に何でもやってもらえてるので、ある意味しあわせなのかな??

最近は、産まれたばかりの乳幼児でも虐待の被害に遭っているというニュースを耳にするけど、何の疑いもなく命を親に預けているかわいさ満点の赤ちゃんを、産んだ親が死なせるなんて信じられない。確かに、静かに寝てくれ〜と思うことはあるけど、今は、大変だった出産や長い妊娠生活を思うと、もったいないもったいない。

3/15(月)産後の肥立ち

産後は細かい字を読まないように、と母親を含む年上の女性によく言われる、という話を書こうとしたらすでにHが自分のblogに書いていた。でも、昨日から書こうと思っていたので書くね。

Hも書いているように、活字については今はそれほど言わないのかもしれない。特に妊娠後期ごろから活字中毒気味の私は、視力が落ちているのをメガネの度数で感じながらもついつい本を手にしてしまう。それよりPCに向かっているほうがいっそう良くない気がするけど、これもついつい。

そのほかに、床上げまでは水仕事はしてはいけない、と昔から言われているらしい。退院後の生活指導として病院で言われたのは、「すぐには分らないけど産後体を大事にしとかないと、後々更年期になったときにダメージが大きい」という脅し文句。

おそろしいので、できるだけ病院の言いつけに従っているが、ふと考えると、産後十分に休養しなかったから更年期障害が重くて大変、などというはっきりした話は聞いたことがなく、因果関係がはっきりしているわけではなさそう。

例えば、昔は推奨されていた赤ちゃんの日光浴が、今は紫外線の悪影響が重視されて避けられているように、母親の世代が良かれと思ってやっていたことが否定されたり、その逆もあって、どーすりゃいいの、って感じ。

前にちょっと書いたけど(9/24)、産後のリフォーム下着についても、私が話を聞いた婦人科医はお腹をしめつけないデカパンをはくべきだと断言していたけど、当然下着メーカーお抱えの医師は出産後にガードルなどでしっかり補正することが体形を戻すために重要!なんて広告してるし。私も実際にお腹の皮が伸びた余韻を残しているのを眺めると、デカパンじゃやばいでしょ、と思っちゃう。

とりあえず自分の都合のいいところだけ信じることにしよう。

3/14(日)はじめての入院生活のこと

産後1週間の入院は思ったほど悪くなかった。
というのは、食事が妊婦の普通食に3時のおやつ付だったこともあるし、「住めば都」という感じもあるかな。大学の女子寮以来の4人部屋で若いお母さんたちとお話したのが、おもしろかった。

私以外の若いお母さんたちは本当に若かった。帝王切開だったために入院が3週間くらいになるという同室のAさんは、授乳室で初めて一緒になったとき、ぽっちゃりした人懐こい笑顔で「聞いちゃおっかな。Mさんっていくつなんですか?」と聞いてきた。彼女は新入りが来たら必ずこの質問から入るらしい。おかげでみんなの年齢がすぐに判明してとても参考になった。

「えっと、さんじゅうさん、だから、今年さんじゅうよん。」
「えっ、、、20代の後半くらいに見える。じゃあ、うちのダンナと一緒だ。」

驚いたことに同室になった私以外の3人は27歳、21歳、19歳という若さで、みんなできちゃった結婚らしい。特に夫婦とも高校を卒業したばかりの夏に妊娠が発覚したという19歳は、担架で運ばれてきたと思ったら2時間くらいの超スピード出産を成し遂げ、私が穴の開いた椅子に、あいたたた、といいながら座っている隣のベッドで、若々しいスピーディーな体力の回復ぶりを見せていた。ロビーで母親らしき女性と一緒に待っているとき、弟かなと思った若い男の子がダンナさんだった。彼女は家族と同居しているらしく、助産師さんに沐浴指導を受けながら無邪気に、どうせ自分では(赤ちゃんをお風呂に)入れませんからあ、と宣言していた。

最初気になったミルク臭さもすっかり感じなくなった授乳室で、朝6時から夜12時まで3時間おきにそれぞれの赤ちゃんと奮闘しながら、みんなのおしゃべりを聞いていると、みんななかなかすごい。ダンナがバツイチで前妻はペルー人とか、ダンナの浮気相手が西日本にいてダンナが浮気相手に出した赤ちゃんコトバのメールが間違って届いた、とか、夜の仕事をしているときのお店のママの元カレと結婚することになってママに嫌がらせをされたとか。ワイドショーの視聴者による修羅場披露大会みたいだった。私は一人だけちょっと年上ってこともあって、自ら話題を提供する必要性はないか、と思ってさりげなく聞いていた。もともとそんなにおもしろいネタの持ち合わせもなく・・・ 21歳が一度「Mさんのダンナさんは真面目そうですね。」と、気を遣って話をふってくれた。

晩婚化、出産の高齢化が話題になる中、茨城県の総合病院では、少なくとも私が入院していた間その傾向は感じられず、少子化なんて言葉は都会のもの、と思わせる若いママたちのパワーを感じた。

3/12(金)2.21のこと -- ひっひっふーのちから

我が家は立ち会い出産をした。はじめは私としてはどっちでもいいや、と思ってたんだけど、今は、立ち会ってもらって本当に良かったと思う。出産した病院では、立ち会い出産を選ぶ夫婦は半々くらいだそうだ。立ち会いと一言でいっても、立ち会い方は病院によってまちまちだと思うが、参考までにうちの場合はこんなかんじだった。(Hによる『長い一日』

つまり、私が苦しんでいる間、写真やビデオを撮る余裕なんてまったくなく、ドクターや助産師に、じゃあ、ご主人にも手伝ってもらいましょう、と、細かく指示を出されスタッフの一人という感じでがんばってくれた。朝入院してから夜まで、一人だったらつらかっただろうなあ、と思う。

臨月に入ると、はじめての出産で怖いもの知らずだったのか、それとも甘く見ていたのか、早く産みたいなあ、と陣痛を無邪気に楽しく待つ毎日だった。ところが、実際に定期的な陣痛が始まった土曜の明け方4時過ぎに病院に行ってみると、電気を消した陣痛室で苦しむ妊婦の声が聞こえてきて、私はかなり怖じ気づいた。 あんなに苦しんでいる人の隣のベッドで、これから来る痛みに恐れおののきながら待つなんて耐えられない、家にいたほうがまだましだと思い、「まだ痛みもそんなに強くないみたいだから少し家で様子を見てもいいし、心配だったら入院してもいいよ」という助産師さんに、「家も近いし、一旦帰ってまた来ます。」と、病院を後にした。結局、4時間後に再度診察を受けた。たまたまいた担当のドクターTは、いつものかるーい調子で「じゃあ入院。今日中に産みたいね。」「今日中?もっと早くしましょうよー」と私。午前9時、さらに激しく陣痛と戦うさっきの妊婦とカーテンを隔てた隣のベッドに案内された。

妊婦生活のクライマックスには出産があって、産まなければ赤ちゃんには会えないという事実に気がついた私は、しょうがないので色々な体験記を読んだり、インターネットの妊婦の掲示板でためこんだ知識を巡らせて、とにかく痛みに対して主導権を持つことを目標にした。隣の妊婦は、ひっひっふーの間に、いたい!いやあ、早く分娩室に行きたい、と叫んでいる。私にはどうしてあげることもできなくて、ただHと顔を見合わせる。彼女は1時間ほど私の隣で苦しんだ後、分娩室へ移動した。

陣痛室にいた11時間、はじめは持ち込んだ新聞や本の活字をにらんでお腹をさすりながら、ひっひっふー、とやっていたが、夕方ごろには余裕がなくなってきた。Hに腰を押してもらいながらベッドの端っこにつかまったり、壁を押したりする。ひっひっふー、はただ口先で言っても全然効果がなく、お腹から、特にひいーひいーの部分をしっかり集中して吐くと、意識が痛みからそらされる。長い時間陣痛室にいると、これまであんまり本気で練習していなかった呼吸法のコツがつかめてきた。ただ、ときどき手を抜くと、いつのまにか「ひっひっ」と吐くべきところを、無意識に吸ってたりして痛みに流されそうになり、うおーっとびっくりする。

夜8時に分娩室に移動。たまーに顔をのぞきに来ていたドクターが助産師sさんに「何時だと思う?」と出産の予想時刻を聞いた。「う〜ん、10時ですかねえ。」私は、「はあ、あと、2時間ですかあ。」と言いつつ、もうゴールは目の前って気分になった。

そうは言っても、分娩室では今まで陣痛室で培ったノウハウが通用しない。今度は波に乗っていきむという、まったく勝手が違う作業に戸惑う。Hは波が来るたびに片手で私の背中を起こして、もう一方の手で腰を押すという、難しそうなパートを担当した。約束の10時が近づいて来たころ、ドクターは「次の次で出そう。」と宣言。私はいいかげん疲れて陣痛の合間には、睡魔に襲われて眠りながら、ドクターもそう言うし、助産師さんも待ちかまえているので、がんばらなくちゃ、と思いっきり最後の力をふりしぼった。

産まれたばかりの赤ちゃんは、カーテンの向こうでへその緒を切ったり洗ったりされていて、Hは、取りあえずお役ご免ということでそっちに呼ばれ、赤ちゃんを見ていた。私のそばに連れてきてもらえたのは産後の処置が終わったころで、赤ちゃんの細部については、指が長いよ、サルみたいじゃないよ、とかHが教えてくれた。

私は出産を終えほっとしたのもあって、けっこう興奮状態だったんだと思う。T先生に、ちゃんと縫わないとあとで尿もれの原因になるらしいですね、などと、尿もれパッドのメーカーと仕事をしていた時に専門の産婦人科医が言っていた話を思い出し、きれいに縫うようにプレッシャーをかけた。相変わらずおしゃべりなT先生も、処置をしながら、当直代いくらだと思う?たった2万円だよ。出産は産院じゃなくて、総合病院でするべきだね。この病院はちょっと場所が悪いけど。お化け屋敷みたいだしね。なんていつもの軽いノリで話していた。確かに私も、夜、国道6号沿いの田んぼの中にぽつんと緑の十字の照明がつくと、お化け屋敷みたいだ、といつも思っていた。

そんな話をするシチュエーションではないのに、今思うとけっこう笑える。でも、T先生の、あと2時間、あと2回目の波で、という自分の勤務スケジュールに合わせてるとも思える強引なリードが、とてもありがたかった。先が見えると、がんばれるってもんだなあ、と思う。

これから「産みの苦しみ」という言葉は心して使おう。人ひとり産まれるってすごいことだな。小さ目とはいえ、このヒトがお腹に収まっていたなんて、Kを見るたびにやっぱり信じられない気がする。

無事生まれてくれて感謝です。

3/11(木)新生児のいる生活

生後約3週間の新生児との生活は1日がとても長い。長時間眠ることが得意な私としては、1日に何度も起きたり、寝たりをくり返す生活は、「あれ、まだ今日だっけ?」という感じ。

Kと名付けた赤ちゃんは、眠りが深く0カ月児としては楽な方だと思う。(なまえ)それでも、授乳の前後おむつを替える瞬間におしっこを飛ばされて着替えさせたり、ミルクも飲ませてほ乳びんを洗ってると、そうしているうちにうんちをしていたり、寝ると思ったらまたぐずって飲ませたり、と、彼の一連の生理的欲求に応えていると際限なく思えるときがある。

普段は赤ちゃんと二人の生活だけど、たまに義母がおかずを持って来てくれたり、今週は、九州の実母が手伝いに来てくれていて家事やおむつ替えなども喜んでやってくれる。Hも夜帰ってくると、一緒にお風呂に入れてお世話をしてくれる。1日のうちに何度かでもミルクをあげてもらったり、おむつを替えてもらえるととても助かる。あらあらたいへん、なんて言いながらもやっぱり赤ちゃんはとってもかわいいし。
退院以来、真面目な私は病院で教わった通りに今週末に床上げをしよう、と赤ちゃんの世話以外は手を抜く生活をしているけれど、もし一人きりの育児だったら煮詰まりそうだなあ〜。

それから「かわいい!」とみんなに言ってもらえることも、とても嬉しい。おじいちゃん、おばあちゃんたちはかなり孫に夢中になってくれているし、みんなにお祝いされてありがたくて、そんな気持ちが育児応援パワーになっている気がする。

3/4(金)出産のご報告

前回の更新からはや1カ月、その間、予定日から4日遅れの2月21日(土)無事2784gの男児を出産しました。先週末に退院、自宅にて育児体制に入りました。
遅くなりましたがご報告しまーす!

数年前に同窓会で、出産したばかりの友達がたまたま集まっているテーブルに座ってしまい、適当にへえ〜なんて言いながらも話についていけなかったことがある。今ならしゃべりたい詳細が山ほどあるのに、と思う。お産のとき、私の場合はこうだった、ああだったってやつ。

友達が話していた内容を全然覚えていないってことはつまり、興味がなければ全然おもしろくないだろうと思いつつも、はじめての出産体験はいろいろな意味で予想以上だったし、これまたはじめての入院ライフもなかなかおもしろかったので、おいおい書いていきたい。

2/5(木)産休ライフ

産休に入ってもう1カ月、最近は世の中のみなさんが平日働いていることもすっかり忘れがちで申し訳ないくらいだ。その反面、家にいると新たなストレスが生じることが分った。ダンナさまの帰りが遅いとイライラするっていうことは聞いてはいたけど、確かにご飯を準備して待っているときに、帰りが遅いとイライラする。

これまでは私の方が帰りが遅かったし、仕事をしていると帰る時間を約束するのはけっこう難しいので、これは新発見だ。もっとも、こっちが忙しくしていたり、食事の支度ができてないときは遅いほうがありがたいくらいなので、自分勝手な言い分なんだけどね。

それから、家にいて時間があると、こんな私でもお洗濯をしたり、思い立ってこまかーいところを念入りに掃除したりすることがある。これは良いことなんだろうけど、産後床上げするまでは、家事は手抜きして必要なことだけをすべし、という出産マニュアルや経験者からのアドバイスを心安らかに実行できるかどうか、ちょっとだけ不安になる。案外、専業主婦になったら完璧主義かも、とか想像したりして・・・
そんなことないに違いないんだけど、余計な取り越し苦労をしてしまうのは、きっとひまだからね。

2/3(火)学歴

最近かなり芸能通を自負している私。福岡の政治家の学歴詐称疑惑についても、ほとんどフォローしているつもり。古賀という姓は、故郷佐賀でもクラスメートに3人いたこともあるくらいなじみぶかいので、ついつい見ちゃうのよね。久留米(福岡県)あたりでは選挙にも必ず複数の古賀候補が立候補し、うぐいす嬢は「こが、こが、こが!」とひとしきり叫んだ後に名前を言うとか紛らわしいアピールをするらしい。

学歴って何かと考えると、思い出すのは社会人になりたての時に配属された社員食堂でたまたま大卒が私だけ、という状況だったときかな。上司だった専門学校卒の店長に「いいよな、おまえは。大学出てて。」と言われて「じゃあ、いまからでも大学行けばいいじゃん。」と思った。口には出さなかったけど。まあ若かったし、バイトの大学生と一緒に店長に反発したりしてたからな。

今は少し大人になったので、大卒でない人は、私には分らないコンプレックスを感じることがあるんだろうなあ、なんて思う。だから大卒の立場の人が学歴なんて意味がないとか語るのは、ちょっと違うと思うんだよね。日本は学歴社会だし、アメリカで少し生活してみてアメリカも予想以上に学歴社会だということが分った。

もちろん今の環境では、大卒だから就職できるわけじゃないし、社会人になってからの方が断然重要だと思う。大学では社会勉強はほとんどしなかったから、就職したときは、同じ年でも高卒でしっかり働いてきたコックさんとか、仕事ができるなあ、と感心してたもんね。


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